天野理事長ブログ&スケジュール

2024.06.16

「Y染色体の暴走を止めるのは誰か」

世界で争いの絶えない今、松田昌子先生からの声をお届けします。

佐賀バルーンフェスタ

 

2015年度にノーベル文学賞をもらったのはウクライナ生まれのスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ。その代表的な著書、「戦争は女の顔をしていない」、「ボタン穴から見た戦争―白ロシアの子供たちの証言」、「亜鉛の棺」、「チェルノブイリの祈りー未来の物語」などでは、戦争や原発事故を直接経験した兵士や一般人、家族への聞き書きが連なる。英雄伝ではない、現場にいた普通の人たちの生の言葉が続く内容からは、経験者でないとわからない悲しみ・苦しみが圧倒的な力で伝わってくる。戦争の体験談を書いた本は多いが、これだけ多くの女性の声を伝えたものは自分の知る限りほとんどない。日本では、藤原ていさんが第二次世界大戦後の旧満州から引き上げた記録を「流れる星は生きている」に残している。ソ連が侵攻してきた中で、3人の幼い子を連れての苦難の逃避行を、母親として、女性としての視点で書かれている。他の多くの一般人も経験したであろうことを、女性の立場から描かれた内容は、同性として共感できることが多く、過酷な真実に胸を打たれる。

2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始して以来2年半、ロシア兵5万人以上、ウクライナ兵2万人以上、数は定かでないという民間人の死者が数万人と、既に10万人以上が犠牲となっているという。加えて場所も理由も異なるが、2023年10月にはハマスとイスラエルの戦争が勃発、解決の道は見えないまま、人の命と時間が失われていく。命と資源を浪費し、憎しみと悲しみを残すだけの戦争はなぜなくならないのか。誰か、止めることのできる人はいないのか、と考えているうちに、戦争をしている指導者たちが女性であっても同じことが起こったのだろうかという疑問が浮かんだ。

脳科学者の田中(貴邑)冨久子先生は、長年、脳の性差研究に取り組んでこられた方であるが、「女の脳・男の脳」や「脳の進化学~男女の脳はなぜ違うのか~」の中で、ご自分や内外の研究者の知見から、脳の性差について考察されている。その中で、暴力や戦争の根本にあるのは「攻撃性」であり、ストレスに誘発された怒りと恐れが攻撃行動を引き起こすこと、ヒトでは男が女より攻撃性が強いということは疑いようがないと書かれている。以下、その内容を抜粋する。

脳の性差は、生まれながらに備わっている生物学的因子によるものと、成長過程で作られる社会的因子によるものとに分けられる。生物学的因子としては、第一に胎生期に男の子の脳が精巣から分泌される高濃度のアンドロゲンに暴露されて雄型の扁桃体―視床下部系の攻撃的神経回路ができ、攻撃的な男の脳を作るというものである。この性分化は生まれる前におこる。第二には脳内の神経伝達物質(攻撃性を高めるドパミンや抑制的に働くセロトニンなど)の合成や代謝に関わる遺伝子が、ストレスを強く感じ、そこから怒りに転じ、攻撃的行動をおこしやすい性格を作り出す可能性があるという。

一方、新皮質である前頭連合野の一部、前頭前野は、扁桃体や視床下部の上位中枢として、それらの働きを抑制する神経回路として働く。前頭前野のこの回路は、生後、教育や訓練によってゆっくり発達する。成長過程で経験する様々な学習成果が新皮質に記憶となって蓄積され、攻撃性の調節を担うという。

 ヒトを含む、群れて暮らす動物たちの社会では、自分の優位性を確立し、なわばりを確保し、それを守るために戦う。そこでは、攻撃性の高いものが優位な地位を得る。先述したように、男性ホルモンであるアンドロゲンの作用により、男が女より攻撃性が強いということは生まれもったものである。動物実験などで、ストレスに対する感受性は雄の方が雌より大きく、“恐れ”に基づく攻撃行動を起こしやすいこともわかっている。田中先生が引用されているオックスフォード大学の人類遺伝学者、サイクス(男性)のことばを以下に孫引用する。

「男性の悪行の始まりは、農耕開始に一致する。この時点で男性は、所有物、冨、権力の3つを手に入れた。男たちは、他のY染色体を叩きのめす方法を見つけただけでなく、女性のミトコンドリアをやっつける手段を手に入れたことにもなった。」

ここで、今、世界の戦争を遂行している指導者たちに目を向けると、全員、SRY遺伝子を乗せたY染色体の持ち主である。例えば、彼らをXX染色体の持ち主に代えてみる、あるいは、国を越えてXX(XY以外)で手をつなぎ、戦争好きな男たちの鼻をあかす、というようなことはできないものか。このようなことが荒唐無稽のものとしか思えない現状も情けない。

山口大学名誉教授 / 阿知須同仁病院女性総合外来/ 尾中病院女性外来  松田昌子

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